

みやぎ発、ご自愛ライフスタイル発信プロジェクト#ReLifeから
読むデトックス、連載スタートです。
著者は、結婚相談所オーナーとして、
国際コーチング連盟ACC認定コーチとして
たくさんの方の幸せ探しをお手伝いされている
菊地綾乃(きくちあやの)さん。
幸せのカタチはひとそれぞれ。
そのことに気づき気持ちが楽になるエッセイです。
心と体はつながっているから。
気付かないうちに疲れていたり
モヤモヤした悩みを抱えているみなさんの心が
この連載で少しでも解放されますように。
文章中の写真では、季節のお花を花言葉といっしょにご紹介していきます。
ご実家がお花屋さんを営まれている菊地綾乃さんに
セレクト・撮影いただいています。
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皆さん、こんにちは☺
長かった夏休みが終わり、朝の支度や学校の予定など、少しずついつもの生活が戻ってきたご家庭も多いのではないでしょうか。我が家も娘たちの学校が始まり、にぎやかだった夏休みから、また日常へと戻りつつあります。まだ暑い日もありますが、朝晩の空気や日が暮れる時間に、ほんの少しだけ季節の移り変わりを感じるようになりました。夏の終わりは、楽しかった出来事を思い返したり、過ぎていく季節に少し寂しさを感じたりすることが多く、ふと昔のことや大切な人、大切な存在を思い出すこともあるように思います。
そんな今月は、大切なペットを亡くしたあとの悲しみ、「ペットロス」についてのお悩みを取り上げたいと思います。
私自身も、13年間一緒に暮らした愛犬を亡くした経験があります。今回のお悩みを読ませていただきながら、今でも胸が痛くなる記憶や、ずっと大切にしている想いがたくさん浮かんできました。
悲しみを早く消すためではなく、大切な存在への想いを抱えながら、これからをどう生きていくのか。読んでくださる中で、ほんの少しでも心を置ける場所が見つかればうれしいです。
それでは、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。
もちろん、少しでもヒントとなるように全力で努めますが、コーチングの性質(相互にコミュニケーションをとりながらゴールや問題解決に向かう)上、私の回答がお悩みの正解という訳ではありません。違った方向からお悩みを見つめる一つの参考になれば幸いです。
さて、今回のお悩みは…
ペットロス。ヒドイ方ではありませんが辛いです。もうじき2年になります。何してるかな?とハウスの場所を見たり、好んでいた場所をつい見てしまいましたが、これは1年半経過してやっと家中探さなくはなりました。
弱っている時にテレビから流れてくる音楽で恋愛の曲が流れてくると、あの子への想いに例えて涙が出たり、ふと思い出しては涙が出たり、外でも「ここを歩いたな」「ここに来るとなぜかあっちへ行きたがったな」と思い出し涙が出たり…。
忘れたくないので思い出すことに関しては問題ないのですが、どうしても「もっと一緒に過ごせば良かった」「もっと好きな物を食べさせれば良かった」…と悔やんでしまいます。
時間が解決してくれるとアドバイスもして頂きましたが、なかなか想いが減りません。同じ経験した方は、どのようにして苦しさを過ごしているのか?過ごされたのか?参考にしたくきいてみたいです。
(宮城県 yonfaさん 50代女性)
読ませていただきながら、胸がいっぱいになりました。今日は、「どうしたら早く立ち直れるか」ではなく、大切な存在を失った悲しみや後悔と、これからどう一緒に生きていくかという視点から考えてみたいと思います。

りんどう
花言葉「悲しみに寄り添う」
まず、私は「もう2年なのに」と思わなくてもいいのではないかな、と思います。
悲しみに、決められた期限はありません。一緒に過ごした時間も、その子との関係も、どれほど大切だったかも、人それぞれです。「半年ならここまで」「2年経ったらもう大丈夫」なんて、誰にも決められないと思うのです。
ふとハウスのあった場所を見てしまうことも、散歩道でその子を思い出すことも、音楽を聴いて涙が出ることも、「まだ忘れられない」ではなく、「今も大切に覚えている」と考えてみてもいいのではないでしょうか。
yonfaさん自身が「忘れたくないので、思い出すことに関しては問題ない」と書いてくださっていたことが、とても印象に残りました。
だったら、無理に忘れなくていい。思い出して笑える日もあれば、同じ思い出なのに涙が出る日もある。どちらも、その子を大切に思っている気持ちの一部なのだと思います。
「もっと一緒に過ごせばよかった」「もっと好きなものを食べさせればよかった」。
一番苦しいのは、きっとここですよね。
大切な存在を失ったあと、私たちは不思議なくらい「できなかったこと」を探してしまうことがあります。もっと散歩すれば。もっと遊んでいれば。もっと抱っこすれば。
でも、もしその子を大切に思っていなかったのなら、「もっとしてあげたかった」という気持ちは、こんなにも残るでしょうか。
もっと一緒にいたかった。もっと喜ばせたかった。もっと幸せにしてあげたかった。その「もっと」の奥にあるのは、後悔だけではなく、それほど大好きだったという気持ちでもあるのだと思います。
だからといって、「愛していたんだから、もう後悔しなくていいですよ」と簡単に言いたいわけではありません。ただ、自分を責める気持ちが出てきた時に、「私は、それくらいこの子を大切に思っていたんだな」という意味も、そっと隣に置いてみてほしいのです。

千日紅
花言葉「色あせない愛」
私自身も、13年間一緒に暮らした愛犬を亡くした経験があります。
独身だった頃から、結婚、そして出産、育児まで。私の人生が大きく変わっていく時間を、ずっとそばで一緒に過ごしてくれた、かけがえのない大切な存在でした。私以外にはほとんど目も向けず、周囲から「本当にマザコン犬だね」と笑われるくらい、いつも私のそばにいることを望んでくれる子でした。
7歳頃に大きな病気を患い、その後は緩やかではありましたが、治療と薬を続ける生活になりました。
「少しでも長く一緒にいたい」
そんな思いで、治療や投薬を続けていました。
そして、彼の晩年に私は双子を出産しました。
慣れない二人の育児に毎日いっぱいいっぱいで、仕事もあり、それまでのように彼だけを見て、十分に手をかけてあげることが難しくなっていきました。
その頃の彼は、ふかふかだった毛も少なくなり、ぷっくりとしていた体も小さくなって、自分で動くことさえままならない状態でした。それでも、彼は変わらず私のそばにいることを望んでくれていたように思います。
体を洗うことも、いつしかほとんど毎日の日課になりました。
双子の育児、彼の夜泣き、そして仕事。全部が重なる中で、彼の体を洗いながら、
「どうしてこんなに大変なんだろう」
「私には仕事も育児もあるのに……」
そんなことを思って、泣いたことも何度もあります。
正直に言えば、余裕をなくして、彼にイライラをぶつけてしまったこともあります。
あんなにも私だけを頼ってくれていた子に、どうしてもっとやさしくできなかったのだろう。今でも、思い出すと申し訳なさで後悔ばかりしています。
でも今振り返ると、あの頃の私は彼を大切に思っていなかったわけではありません。仕事も、双子の育児も、彼のお世話も、どれも大切にしたくて、全部を何とかしようとして、本当に余裕がなくなっていたのだと思います。
今ならそう理解することができます。
それでも、「だから仕方なかった」と簡単に片づけられるわけではありません。
今になって思えば、あの小さくなった体に触れていられた時間さえ、もう二度と戻らない、かけがえのない時間でした。
だからこそ、今でも考えてしまいます。
あんなにも私のそばにいてくれた彼を、私は最後までちゃんと大切にできていたのだろうか、と。
犬だった彼には、私が双子を産んだことも、生活が突然大きく変わってしまった理由も、きっと分からなかったでしょう。
「どうしてママは、前と同じようにそばにいてくれないの?」
「僕を嫌いになったの?」
もしかしたら、そんなふうに思っていたのではないか。
そう考えると、今でも胸が強く痛むことがあります。
もちろん、それは彼が本当にそう思っていたという「事実」ではなく、私の「想像」です。そのことも、頭では分かっています。
それでも、心がついていかない時があります。
「頭で理解できることと、心が納得できることは、必ずしも同じではない。」
私は、自分自身の経験からそう感じています。
あの頃の私は、彼を愛していなかったわけでも、大切に思っていなかったわけでもありません。その時の私は、その時の私なりに、全部を大切にしようとして精一杯だった。
今では、そう思えるようにもなりました。
それでも、後悔がすべて消えたわけではありません。
大好きだったから、しんどかった。
大切だったから、今も後悔する。
そんな一見矛盾する気持ちが、同じ心の中にあってもいいのだと思います。
だから今回のお悩みにも、「時間が経てば大丈夫ですよ」と私は簡単には言えません。
時間が経っても残っている想いがあること。
そして、その想いを抱えながら生きていくことも、ひとつの愛の形なのではないかと思っています。

かすみ草
花言葉「感謝」
後悔している時、心はどうしても「足りなかったこと」ばかりを探してしまいます。でも、その子との時間は、本当に「してあげられなかったこと」だけだったでしょうか。
名前を呼んだ日。ごはんを用意した日。一緒に歩いた道。何気なく撫でた夜。具合が悪ければ心配して、元気ならうれしくなった毎日。きっと、数えきれないほどの「一緒にできたこと」があったはずです。
私自身も、後悔がなくなったわけではありません。それでも今、彼が最後まで身につけていたお守りは、私の大切な宝物です。
そして不思議なことに、私は彼が完全にいなくなってしまったとはあまり思っていません。姿は見えなくても、今もどこかでそばにいてくれているような気がしています。
「もっとしてあげればよかった」と思う気持ちと同じ場所に、「大好きだった」「一緒にいてくれてありがとう」「今も大切だよ」という気持ちも、ちゃんと残っています。
悲しい。でも、幸せだった。寂しい。でも、出会えてよかった。後悔している。でも、心から愛していた。そんな反対に見える気持ちが、同じ心の中に一緒にあってもいいのだと思います。
私は、ペットロスを必ずしも「乗り越えなければならないもの」と考えなくてもいいのではないかと思っています。大切だった存在を、自分の人生から消す必要はないからです。
yonfaさんは、以前は家の中を探してしまっていたけれど、1年半を過ぎて、少しずつ探さなくなったと書いてくださいました。
想いがなくなったわけではない。忘れたわけでもない。それでも少しずつ、その子が「そこにいる毎日」から、「心の中にいる毎日」へと変わってきているのかもしれません。
時間は、その子への愛情を薄くするためにあるのではなく、悲しみや後悔を抱えながらでも、その想いと一緒に生きていける形を見つけていくためのものなのかもしれません。
だから、涙が出る日があっていい。散歩道で立ち止まってもいい。「今日も思い出したな」と泣く日も、「こんなことあったな」と少し笑える日もあっていい。どちらも、大切なその子との関係が今も続いている証なのだと思います。
今回、グリーフケア(※)士の資格を持つ主人にも、このコラムを読んでもらいました。
グリーフケアでは、場所や音楽をきっかけに涙が出たり、時間が経っても想いが残ったりすることは、決して「立ち直れていない」ということではなく、悲嘆の中で起こる自然な反応と考えられているそうです。悲しみに、決められた期限もありません。
また、亡くした存在を忘れるのではなく、その存在との絆を心の中に持ちながら生きていく「継続する絆」という考え方も大切にされています。
私が今回書いた「乗り越えるのではなく、想いを持ったまま歩いていく」という感覚と、とても重なるように感じました。
※グリーフケアとは:大切な存在を失った悲しみを抱える人に寄り添いサポートすること
「もっと一緒に過ごせばよかった」と思った時。もしできそうなら、そのあとに、もう一言だけ付け足してみてください。
「でも、一緒にいてくれてありがとう」
「もっと好きなものを食べさせてあげればよかった。でも、おいしそうに食べてくれた顔を覚えているよ」
そんなふうに。
後悔をなくさなくてもいい。悲しみを急いで手放さなくてもいい。
それだけ大切な存在に出会えたことも、一緒に過ごした時間も、今もこんなに想っていることも、全部ひっくるめて、その子との大切な関係なのだと思います。
いつか涙の中に、ほんの少しだけ「ありがとう」が増えていきますように。
そして、これからもどうぞ、その子を大切に思い出してあげてくださいね。
きくちあやのさんに相談したいお悩みがありましたら、お気軽に下記フォームまでお寄せください。次回以降の連載でひとつずつ回答させていただきます。
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結婚相談所「マリアージュ・lily of the valley」
カウンセラー 菊地綾乃
結婚相談所のカウンセラーのほか、コーチングの国際資格である「国際コーチング連盟ACC認定コーチ」としても活動。フラワーアレンジやアロマ、ヨガレッスンなども不定期で開催。プライベートでは、おませな7歳の双子の女の子を育てるママ。

この企画は、#Relifeプロジェクトのひとつです。
