2018年05月02日
「震災に関する意識調査2018」アンケート結果発表 ―未来の災害に備えるために
震災に関する意識2018−アンケート結果発表−【実施期間】2018年2月21日~3月13日[14日間]【回答数】648名[県内在住541名、東北(宮城県以外)在住44名、関東在住38名、その他在住25名]
震災に関する意識2018−アンケート結果発表−【実施期間】2018年2月21日~3月13日[14日間]【回答数】648名[県内在住541名、東北(宮城県以外)在住44名、関東在住38名、その他在住25名]
2017年度の結果 ▶
2016年度の結果 ▶
2015年度の結果 ▶
2014年度の結果 ▶
2013年度の結果 ▶
2012年度の結果 ▶
 

今年2月から3月にかけて実施した「震災に関する意識調査2018」。今回はその集計結果を発表します。
東日本大震災から7年。皆さまから寄せられた貴重なご意見から、未来に生かすべき教訓や「復興」の現状を見つめ直し、今後起こり得る災害に備えていただければと思います。
マチコはこれからも、会員の皆様とともに東北を元気にするために、あらゆる情報を発信し続けていきます。

 
自然災害に対して不安を感じていますか?
 
 
 
あなた自身の生活について、東日本大震災の発生から、回復・復旧を実感していますか?
 
 
 
あなた自身、 震災の記憶や防災への教訓が忘れがちになっていると思いますか?
 
 
 
 
世間一般の人達が、震災の記憶や被災地の状況を忘れがちになっていると思いますか?
 
 
 
震災時の家族や知人との連絡手段・集合場所などを決めていますか?
 
 
減災・防災対策として何をしていますか?(複数回答)
 
 
もし大地震が発生したら、心配なことはなんですか?(複数回答)
 
 
 
震災から7年経った現状から、思っていること、求めることなどあれば自由にご記入ください。
 
「不安・心配・悩み」141回答
  • あの記憶が頭から離れない。今もふと、涙が流れます。頑張らないことも大事だと思う。(宮城県沿岸北部·50代)
  • 津波の被害が甚大だった沿岸部の復興が進んでいるのかいないのか、同じ県内なのに今ひとつよくわかっていない。同じ県内でさえそうなのに全国から見たらもっとかも。(宮城県内陸北部·50代)
  • どんなに小さな地震でも津波がどうなのか、今でも気になります。(仙台市·10代)
  • 地震が起きるとすごく不安になります。(仙台市·50代)
  • 震災後、家の状態を確認していないのが心配。(宮城県内陸南部·50代)
  • 高い確率で近い将来に震災が起こるといわれている首都圏に娘たちが住んでいます。
    実際起こった時、自分はどうやって安否を確認したらいいのか、どんな行動をとるべきなのかと時々考えます。首都圏で震災が起こったら東日本の時とはまた違った被害が広がるのではないかと思うととても不安です。(仙台市·50代)
  • 離れて暮らす家族との連絡が心配。(仙台市·60代以上)
  • 未だに小さな地震でも身構えてしまう自分が居ます。もう2度とあんな目に遭いたくないし、みなさんにも遭ってほしくない。(仙台市·40代)
  • 宮城は徐々に復旧してはいますが、福島は原発の問題がまだまだ山ほどあります。この原発の問題が解決しなければ本当に回復したとは言えないと思います。(仙台市·50代)
  • 思い出すと涙が出ます。忘れられることは忘れたいですね。(岩手県·40代)
  • 家に帰れない事や食べ物を確保する事が大変でした。家には非常用の準備が必要だと思っていますが、なかなかちゃんと備えられないのが不安ですね。(仙台市·30代)
  • 夫の転勤で東京から越してきて1年4ヵ月、震災は体験してないのですが仙台に住み始めて特に沿岸部の復興がなかなか進まないのだな、と感じています。今後も東北の復興を見守りながら過ごしたいと思っています。(宮城県沿岸南部·50代)
  • てんでんこの難しさ。自分が出来るかなあ。(宮城県沿岸南部·50代)
「風化・危惧」98回答
  • 普通に生活できる事、食べ物が買える幸せ。電話の有難みなどを忘れかけている自分がいます。(仙台市·50代)
  • 地震の時の映像はもう見たくないけど、映像が流されないと風化してしまうんだろうと思う。毎年防災の再確認のためにも必要なのかな。平穏な毎日が当たり前じゃないということに感謝する日でもあります。(宮城県内陸南部·40代)
  • 震災直後はガソリンが半分以下にならないように気を付けていたのに、最近は「大丈夫かなぁ」と思い半分以下になるときもある。(仙台市·50代)
  • 自分自身の震災記憶の風化が一番残念に思う。(仙台市·30代)
  • 忘れがちになっている。あの時に決めた、食料、持ち出しグッズ、ガソリンなど。でも、物は上に置かないとか、壊れ物は下に置くなど身に付いていることもある。(仙台市·50代)
  • 震災の風化と復興と、日常生活の通常化を両立するのは難しい。忘れることがいいのか悪いのか。分からない。人によってそれぞれというのもある。(仙台市·30代)
  • 私自身も忘れかけてきていることもあるので、年に何回か家族や友人、職場で、震災の日の事を定期的に話していくのが大事だと思っています。(仙台市·50代)
  • 世の中が、3月11日にならなければ、震災の話題をしない。もっと被災者に寄り添った支援は必要だと思う。(宮城県内陸南部·50代)
  • もう7年も経ったのか、と思う。長かったような、短かったような。あの時感じた「当たり前」と思っていた日常が実は「当たり前」じゃないということ。最近は少し忘れがちになっている。備えあれば憂いなし、そして「今あるもの」に感謝して、今後を前向きに生きていきたい。(仙台市·30代)
  • 7年たってもまだまだ支援が足りていない方達がいらっしゃったり、必要なケアができていない部分もあるのではないかと思います。月日がたつにつれて忘れられがちになってしまいますが、今後も定期的に震災について1人1人が考えていく場、機会があると良いと思います。(宮城県内陸南部·20代)
「前進・期待」35回答
  • 今週、祖母が仮設から災害公営住宅へ引っ越す事になりました。(仙台市·40代)
  • 学校の防災教育は充実してきたような気がします。(仙台市·30代)
  • 今まで以上に家族と連絡をとるようになった。連絡をとりあい、震災の時もそうでない時も元気か確認することが多くなった。(宮城県沿岸北部·30代)
「対策」96回答
  • あの時は食料も水もガソリンもないところに被災した親戚10人と家族4人の生活でとても苦労しました。なので食料や水また、生活物資は今も常備しています。(宮城県内陸南部·50代)
  • 先の震災の「被害の大きさ」を、改めて共有できる機会が定期的に開かれる必要があるように感じています。(宮城県内陸南部·40代)
  • 近所との助け合いが大切。震災後、声を掛け合うようになった。(仙台市·40代)
  • 時が経てば、忘れるのが人間の常だと思う。が、そんな中でも、マスコミやその他メディアが、被災地の現状や、自然災害についての情報を定期的に発信していくことが必要だと思う。(仙台市·30代)
  • 勤務先で定期的に安否確認メールの訓練はしていますが、避難訓練もすべきではないかと思っています。(仙台市·40代)
  • 震災時は子供がまだ赤ちゃんでした。母乳を飲ませる場所がなくて雪の中、外で授乳しました。災害時に赤ちゃんとママが安心して授乳できる場所作りなどが必要かなと思います。(仙台市·40代)
  • 自分の住んでいる地域の備蓄状況や災害対策をきちんと知りたいし、地域でそのような講習会を開いてほしい。(関東エリア·20代)
  • 自家発電を設置しました。(仙台市·60代以上)
  • 震災後、猫を飼い始めたので、猫の為の備蓄もしています。ペットと一緒に居られる避難所があればいいと思う。(宮城県内陸北部·50代)
  • 震災後に生まれた子どもたちに震災の教訓を伝える大事さが必要だと思います。(宮城県沿岸南部·50代)
  • どこででも起こりうることなので、常に防災の対策は誰もが考えておくべきだと思う。(その他·40代)
「絆・思い」66回答
  • あの日以来、トラックが家の外を通るときの少しの微震なんかでも、体がすくむようになりました。心よりも体が覚えていると言うか、トラウマというか。津波を経験した方々はもっともっと体が覚えていることがあると思います。2度とあのような悲劇は起きないでほしいと、切に願うのみです。(宮城県沿岸南部·40代)
  • 当時私は実家から離れて新潟市で仕事をしていました。家族と連絡が取れず、とても心配だったのを覚えています。が、その反面震災の現場を実際に目にしていないので、後から知った情報でしか震災をとらえておりません。仙台に住みながら、震災を経験していないという立場です。甘い認識を、もっと引き締めなくてはいけないな、と度々感じています。(仙台市·30代)
  • 東北からは少し離れたところですが、過去に大地震があったところに住んでいます。今は地震のことなど忘れ去られようとしています。でもそれは、決して悪いことではなく、それだけ復興して平穏な日々を取り戻したということだと思います。被災された皆さんに、一日も早くそんな日が来ますように。(その他·50代)
  • 羽生結弦選手やサンドウィッチマンなど、宮城ゆかりの方々が復興を掲げて頑張ってくれているので、とてもうれしく思っている。(仙台市·40代)
  • 絶対に忘れてはいけない。毎年3月11日は、チョットでも良いので震災体験を思い出すように、家族で「震災当日はあーだった、こーだった」と話している。(仙台市·40代)
  • 日頃の備えは大切だと思いました。町内会、ご近所さん、いまの世の中希薄ですが、大切だと思います。(宮城県内陸南部·40代)
  • とても7年たったと思えないです。いつも、震災の事は、忘れず生活しています。今、仕事があって普通の生活に感謝の日々です。これからも、何かのお役に立てればお手伝い等させて頂きたいです。(仙台市·50代)
  • 震災前に転勤して来ましたが、あの大震災を生き抜く東北の方々の辛さ、強さを感じています。心の交流、そして一人じゃないという思いを持ち続けていきたいと思います。(仙台市·40代)
  • 2度と起こらないでほしい。(宮城県沿岸南部·30代)
第1回「仙台短編文学賞」受賞作品発表 “想い”と“記憶”がつむぐ物語

現在サイト内では、2017年に誕生した仙台発の文学賞「仙台短編文学賞」の受賞作品をご紹介しています。
震災への想いを文字に書き起こした受賞者たちへのインタビューも掲載中。
ぜひ、アンケート結果と合わせてご覧ください。

特集ページを読む